スピリットウォーカーの勉強
9:34 2023/02/21
ハンク・ウェスルマン 著、真野明裕 訳、ヴォイス 出版
霊魂遊離、未来の子孫への転移などの記録について考える。
著者がハワイ島の活火山の麓に住んでいた頃の記録
第一回目の出会い：
1983年8月、私はカリフォルニア州バークレーで臨月の近い妻と暮らしていた。
ある日の午前3時に二人とも目を覚まし、妻は眠れないまま明かりをつけ、うとうとしていた私は体内に奇妙な感覚を覚え、体が痺れて動けなくなった。
びっくりして目を開けると、光の斑点が散らばり、結合して一つの透明な円弧ができるように見えたとたん、寝室は消え、完全な闇に包まれた森の中にいた。
妻が横にいて本をめくる音も聞こえた。
私の注意が妻の方に向くと、森はいくぶんおぼろげになったが、体に充満している感覚に注意を集中すると、木々がはっきり見えてきた。
私は木々の間を歩きはじめた。
あたりに漂うかすかな芳香はジャカランダの木ではないかと思いつき、花が咲いている枝を見つけた。
目に見えない握り拳に包み込まれたように、体がふくれてこわばり、ますます痺れてきた。
圧迫感が強まるたびに、歓喜と入りまじった陶酔の波が押し寄せた。
なにかが割り込んできて、私は右側の木々の方へ引き寄せられた。
木々の間に非常に大きな黒い影が見え、人影のような、丸い頭部と平べったい黒い胴体に見えた。
右の肩近くにバスケットボールほどの球形の光が浮いていた。
私は黒い影と光を見つめる一方、妻がページをめくる音も聞こえていた。
不意に、影が感覚を強めたようで、私は体が離陸するのを感じた。
私は木々の間をゆっくりと浮上し、木の葉と花に囲まれてゆるやかに回転した。
恍惚感が体中を駆けめぐり、轟々と音が聞こえた。
突然、異常な体験は終わり、私は地上に降ろされ、黒い影は形を変えて木々の下の暗がりに溶け込み、私を金縛りしていた感覚が次第に体外へ流れ出しはじめた。
明かりの消えた寝室が再び現れ、麻痺が急におさまってベッドで起き上がることができた。
妻は眠っていた。
妻が目を覚ました時、寝言を言ったことがないあなたが、ぶつぶつ言っているのを聞いたけど聞き取れなかった、と言った。
二度目の出会い：
1週間ほどして、私と妻は午前3時半ころ目を覚まし、明け方近くまで話して寝入りかけた時、あの感覚を感じ、圧倒的な高揚感を感じながら体内に流れ込み、体は完全に麻痺した。
しかし、森も見えなかった。
かすれ声で影を呼んだら、途端に感覚が潮のように引いて行ってしまった。
三度目の出会い：
9月に娘が生まれた。
1984年2月半ば、夜明け近く、不審者が家の周りに来たような物音がして見回ったが、何事もなかったので、ベッドに戻り寝なおそうとしたとき、玄関のベルが鳴った。
真っ暗だった室内が温かみのある黄色い光に溢れ、光はチラチラする波紋のようなものを伴ってゆらめいていた。
私はベッドから起き出してドアのところで振り向くと、妻の隣に誰かが横になっていた。
私自身だった！
私は部屋を出て階段を降り、玄関のドアを開けたが、誰もいなかった。
いきなり、あの感覚が奔流になって私の中に流れ込んだ。
前庭にいるのを自覚したまま、意識をベッドに転換すると、確かに私はベッドにいた。
私は前庭の上の空中に浮き上がり、我が家の上空に舞い上がり、見下ろすと、車の屋根が汚れているのに気づいた。
2階の窓からうちの猫が警戒気味に私を見ていた。
私はぐんぐん上昇し、雲を突き抜けて飛んでいた。
それまで行ったことのない場所に連れていかれた。
灰色の平原、石ころだらけの砂漠が広がる月のような光景。
まったく見馴れない植物や動物。
目に快いもの、ぎょっとするもの、広大で索漠としたもの。
二つの太陽があって二重の影ができていた。
私は他者の、なんらかの目に見えない同伴者の存在を感じていた。
突然、下降と着地の感じを伴って終わり、ベッドに横たわっている心持ちになった。
私の中に充満していた力が弱まってきたとき、窓の外を見ると、窓ガラスのすぐ外で、3階分の高さから、短く切った黒い髪と黒い目のすらりとした女性が私を見ていた。
暗い室内になにか動く気配があり、女性の全身が窓と私の間に現れ、背後からの光でシルエットになって姿は影のようだった。
突然、左目だけがスポットライトに照らされたように見えてきて、私を見つめた。
瞬時に姿は消えた。
敷居をまたいで（四度目の感覚）：
1986年3月、妻が二人目の子を身ごもった。
3月のある夜、新月の頃、夜明けちょっと前、眠りかけたとき、なにかが警戒心をかき立てた。
不意にあの感覚が襲ってきた。
目に見えない手で全身を握られたような圧迫感がきた。
沸き立つような騒然とした音が耳の中で響きわたった。
（人間の頭の中に、日常的現実と非日常的現実を区切る門または境界があり、メキシコのウィチョル族はこの境界を二エリカと呼んでいる）
私は二エリカのことを思い出したとたん、急に体がふくらんで外側へ広がっていく感じがした。
光の線がゆらめいてスパゲティのようなおかしな形になり、変形して角ばった山形模様になると同時に、妙な円弧が現れた。
その弧に重なり合って長方形の格子模様ができ、無限の彼方へ広がっていきながらゆらめき、やがて消えた。
耳鳴りがぱたりとやんだ。
体を包みこんでいた圧迫感が急に弱まった。
カチッという妙な音が一度、つづいてもう一度聞こえ、目を開けた。
私は自分があちら側にいるのを知った。
11:43 2023/02/21
（私は一人の男の内側から世界を見ていた。）
17:24 2023/02/22
最初の旅：
一人の男が小屋の窓辺に立って、自分の世界をじっと見ていた。
彼の名はナイノア。
彼の小屋は、集落の統領兼地主の堂々たる住居と、幾棟かの管理棟がそびえる、高台の下の平らな場所に立っている。
統領兼地主のカネオヘ大首長やその家族、その他の者はすでに立ち退いていた。
内陸側のこの共同体のほかに、カネオヘの兄の大首長が沿岸部の共同体を管理している。
これらの共同体は完全に自給自足している。
一族が保有する品物の多くは、130年前に故郷の島から航海してアメリカ西海岸に来た首長の一族に代々伝わる物で、ほとんどが5000年前のグレートエイジの遺物だった。
ナイノアは幼少期から才能を認められ、カネオヘ一族に信頼されて記録係になっていた。
カネオヘはナイノアに語った。
南の隣国で内乱が勃発し、我々の友邦に攻撃してきた。
我々の生存に必要なバランスを崩そうとしている。
総首長に嘆願して、保護下で生活することになろう。
カネオヘはナイノアに命じた。
東の内陸部を探査し、状況を記憶してもらいたい。
内海の向こうの大森林を横断し、その先の高い山脈を越え、その向こうに何があるのか。
先祖は、作物の苗や牛や豚や山羊を運び、馬はこちらで見つかると思ったが、見当たらなかった。
もし山脈の向こうに平野があれば、馬が見つかるかもしれない。
馬を発見したら連れてきてほしい。
カネオヘはナイノアに、何千年も伝えられてきたポハクという霊石を渡した。
ナイノアは、携帯食、水筒、溝火錐、薬袋、弓の弦、錐、黒曜石の刀、砥石、綱、腰布、マントなどを網袋に入れて背負い、鉄製のナイフと、長弓、投げ棒、鉄の穂先をつけた槍を持って出かけた。
ナイノアは歩きながら伝説に残るアメリカ人の文明を思った。
グレートエイジの終わりにハワイにはアメリカのほか、イアパナ（日本）などの伝説の地から大勢の人々が住んでいたらしい。
だが、グレートエイジの末にアメリカ人は忽然と消えてしまった。
伝えられるところによると、海洋の水位が劇的に上昇し、ハワイのほとんどは海面下に消えたという。
アメリカ西海岸の古地図では、切れ目なく海岸地帯は続き、山脈から西へ流れる川と海との合流点に大きな湾がある。
ところが過去100年間の探検で、沿岸部は南北に点々と散らばる群島であることが判明している。
ナイノアは川を渉り、そそりたつキワタノキの木陰に入り、グアバを摘み取り、尾根をよじ登り、頂上に着いた頃は日は沈みかけていた。
ナイノアは暖かくなっている岩でぐっすり寝た。
不意に南の方の森で猿たちが吠えた。
カネオヘ首長の私邸の近くでつかの間光が灯り、消え、また灯り、消えた。
南からの侵略者が来たのだろうと思った。
明け方、海岸の入り江に用意されているはずのカヌーめざして北へ進んだ。
15:59 2023/02/21
ナイノアと私：
明け方、隣家の雄鶏の鳴き声で意識が転換して唐突に夢は終わった。
感覚が薄れていき、体から微妙なしびれが抜けていき、消えた。
普段の夢とちがって、一部始終きわめて詳細に思い出すことができた。
あたかもナイノアの体内に入り込んで彼の目と耳で見て聞いているようだった。
ナイノアと首長が話していた言語は、英語やハワイ語に由来する言葉もいくらか混じっていたようだが、全体としてどちらにも似ていなかった。
ナイノアの時間では16時間または18時間いたが、夢が終わってみると5分足らずしかたっていなかった。
妻の二度目の妊娠の最後の3か月に近づいたときの午前4時、眠りに落ちていくとき、あの感覚を感じた。
突然、あの感覚が奔流になって押し寄せ、耳鳴りがした。
じわじわと痺れてきて体がこわばり、息苦しく、両手は風船のようにふくれた感じで閉じることができず、やがて体を動かすことができなくなった。
何本かの光の線が線状に並んだ点と交差するのが見え、線はジグザグになり、再びまっすぐに伸びて蛇のような模様になり、遠くの格子につながった。
ゆらめく光の弧が現れた。
ナイノアに訪れるのかと思ったとたん、動きを感じ、あの感覚のたかまりに結びついた。
自分が押し出され、ふくらみ、外へ広がっていくのを感じた。
音が急にやんで完全な静寂が訪れた。
目を開けたとたん、もやの中に巨大な影が立ちはだかった。
私は森の中に立っていた。
17:57 2023/02/22
北へ：
（私はナイノアの中から見ていた）
ナイノアは北東に向かってけもの道の分岐点に立ち止まっていた。
集落を離れてから11日たっていた。
早朝から午後遅くまで歩き続け、矢で、猿、トカゲ、鳥、蛇、大型のねずみなどを射て食糧にした。
川で魚や亀の卵をとった。
夕方近く、入り江につき、一人で乗れる小型のカヌーを見つけた。
北からの風で東南へ順調に航行した。
夜はマングローブの茂る浅瀬で突いた魚を食べてから、島で野営した。
北上を続けて三角州の湿地に川を見つけ、流れをさかのぼって中州にあがり、カヌーを引っ張り上げて野営した。
翌朝から歩き始めた。
豚と象の合いの子のようなイノシシの群れを見た。
大きな青い蝶の大群が川から舞いあがった。
ナイノアはナイフで太い蔓を切ってあふれ出す水を飲み、水筒に補充した。
枯れた木の周りに茶色いシロアリの巣が見えた。
猿の大群が急に騒ぎ出し、一羽の鷹が小型の猿をつかんで舞い上がり、猿たちは警戒音を発しながら退却した。
ナイノアはシロアリの巣を壊し、幼虫を拾い集めて食べた。
午後遅く、周囲の様子が急に変わった。
平坦な地面が木々の間に現れた。
森林化した小山が規則的な格子状に並んでいた。
シティという古英語の語がふっと浮かんだ。
植物に覆われた巨石が整然と並んでいた。
石の表面を棒で掻き落としてみると、モルタルで接合した焼き物の煙突だった。
木の根方に腕ほどの太さの蛇がとぐろを巻いていた。
そっと離れてから足元の水たまりの中を見ると、白い陶器人形の破片があった。
目の色が青かった。
巨大な建物の廃墟の上に立っているらしかった。
ナイノアは2本の太い幹の間を登り、ハンモックを吊った。
下を見ると。いくつもの小山が格子状に並び、いくつもの谷が直角に交差している。
月が出てきた。
オウムとコウモリが飛んできた。
虎が下で吠えていた。
16:07 2023/02/23
黒い影：
夜明けの直前、ナイノアは眠りに落ちかけた時、異様な気持ちの高まりを感じた。
体が麻痺し、四肢はぴんと伸びて硬直し、両手がばかでかく感じられ、閉じることができなくなった。
闇に不思議な閃光が模様を描き、目を開けた。
自分が80フィート下の丘の上に立っているのだとわかり、驚いた。
圧迫感としびれが体内を駆け巡った。
木の上を見上げると、ハンモックは人の体を包みこんだままの形だった。
自分のものにちがいないと思った。
自分がハンモックの中と、下の地面の両方にいると思った。
今は両手とも閉じることができた。
突然、なにかいると気がついた。
不意に圧迫感が増大して、体がこわばり、轟々と耳鳴りがした。
どうにか右を向くと、暗がりにのっぺらぼうの黒い影が立っていた。
胴体は細長く、手足はなく、頭部は小さい。
輪郭がゆらぎ、ナイノアの中にうねっているのと同じリズムで揺れ動いていた。
影の力で、ナイノアは宙吊りになり、回転させられた。
ナイノアは虚心に受け入れ、正体を見せてくれるようにと願った。
たちどころに反応があり、膨大なエネルギーが体内を駆け巡り、頭の中は光に満ち溢れた。
頭皮、指先、肩から稲妻がほとばしり、頭の中でパチパチ、ジージー音を立てた。
感覚が耐えがたいまで強まり、精神が昂揚し、舞い上がった。
突然、感覚が潮のように引き始め、体を包みこんでいた圧力がやわらいだ。
影はナイノアをそっと地上に降ろした。
気がつくと木の下の暗がりに立っていた。
影を見ると、斜め上の方に、目も眩むほど明るい透明な小さな球体が浮かんでいた。
その表面の無数の多面体からあらゆる色が放たれていた。
力がナイノアの体からすっかり引いてしまうと同時に、影は変化して、木の下のありふれた光と闇の集まりになった。
球体を見上げると、つかのま上昇感があり、気がつくと、ハンモックに横たわっていた。
月は西に沈んで、曙光が東の山脈の上空を照らしていた。
影を思い浮かべると、かすかな波動が感じられ、やがて消えた。
鳥のさえずりが聞こえ、すっかり目が覚めた。
21:37 2023/02/23
影について：
私は近所の雄鶏たちの鳴き声で夢幻状態から抜け出した。
ナイノアの時間では二、三日しかたっていないのに、こちらでは6週間もたっていた。
ナイノアが集落を出た後、なにがあったか知りたいと思ったとたん、詳細な記憶が湧き出てきた。
私が見た人間に似た姿は長方形の胴体をしていた。
ナイノアの見た影は細長く、逆三角形だった。
1986年12月、次女のアンナが生まれた。
ビーチにて：
1987年初頭、家族でコナに戻った。
乾季に入っていて、ケアラケクア湾は穏やかだった。
浜は丸みを帯びた火山岩で埋め尽くされていた。
浜の後方に池があり、池の後ろの木立の奥に、昔のハワイ人の村の石垣と家の基礎の残骸がある。
私はナイノアのことを思い出し、姿が見えないかと期待してあたりを見回した。
池のまわりを歩き、石に腰掛け、無心の境地のことを考えた。
しばらくすると、ブーンという音が広がり、そよ風が草むらをゆすり、光と影が交差した。
音が急に強まり、いきなり、あの感覚が押し寄せてきて体がこわばった。
木々の緑が砕け散って、ガラスの破片のように光り、見馴れた眼内の閃光へまとまっていった。
きらめき、いくぶん湾曲した一本の輝線が現れ、膨張感を感じた。
体は麻痺し、目を閉じると、眼内の閃光は縞模様になって揺れ動いた。
突然、音がやんで静かになった。
私は目を開け、転移が起こったことをさとった。
10:42 2023/02/24
旅の道連れ：
正午近く、ナイノアは干上がって菅や草がまばらに生えている開けた湿地を横切っていた。
木立のへりの日陰に一頭の大きな灰茶色の犬が座っていた。
犬はナイノアをじっと見ていた。
目が合うと犬は目をそらした。
ナイノアは腰を下ろして、数日間の記憶を振り返った。
シティの廃墟をあとにして間もなく、山麓の丘陵地帯に着き、木に登ってみた。
東には丘陵地帯と山脈との間に、巨大な断崖が南北にのび、高さ何百フィートの切れ目なしの壁になっていた。
崖沿いに歩いて行ったが、崖を登る道はなかった。
翌朝、水たまりで水を飲んでいる象の群れが見えた。
数えると、小象をふくめて20頭いた。
絶壁に向かってまっすぐ東へ通じる水流に併行して、使い込まれた獣道を発見した。
獣道を登り、谷を横断する急斜面のところまできたとき、石積みがみつかった。
巨大な壁の人工物だった。
壁は谷を完全に塞いでいた。
ナイノアは犬を飼い馴らそうと思い、干し魚をほおばり、歩きながら一片を吐き出すと、犬があとからついてきた。
牝犬だった。
カピバラの小さな群れをみつけ、一匹を射止めた。
夜になって、ナイノアは野営の準備をし、犬にカピバラのはらわたと皮と骨を与えた。
朝起きると、牝犬がもう一匹来ていて舐め合っていた。
肉の残りを与えると貪り食い、出発すると、あとについてきた。
獣道は東へまっすぐ絶壁に通じていて、午前中の中頃には崖下に着いた。
犬たちが小走りに追い抜いて行ったので、あとにつづいた。
大きく平らな一枚岩の上に飛び降り、上り勾配の川底をたどっていった。
午後遅く、谷底が広がって、片側が浅くなっている細長い淵に出た。
魚を二匹突き刺し、濡れた葉で包んで焼いて食べ、犬たちにも与えた。
ハンモックで寝ていたナイノアは、なにかで目が覚めた。
シティで影と出会ったときと同じ感覚がうねりだすのを感じた。
その感覚が急速に増大し、すっかり目が覚めた。
瞬間、トン、と妙な音が聞こえた。
木製の鈴かドラムを軽くたたいたような低くくぐもった音だった。
感覚が強まり、体がこわばって麻痺していくのを感じた。
うっとりするような圧迫感に全身が絞めつけられた。
チカチカする異様な光がいくつも闇の中で踊りだした。
轟音が次第に大きくなり、滔々と流れる水の音のように聞こえた。
不意に音がやみ、目を開けた。
風景がどことなくちがっていた。
岸壁の木々は整然と並び、幾何学的に見えた。
ふたたび奇妙な感覚が高まるのを感じたので、谷底へ降りようと思った。
そのとたん、気がつくと木の根元に降り立っていた。
地面が妙に弾力があると感じた。
あのくぐもった音が谷間にこだました。
見上げると、ハンモックと自分の体の輪郭が見えた。
木立を見ると、オレンジ色に染まっている葉の中に、青くきらめくように見えるものがあった。
トン！
その音は彼を呼びつけているようだった。
ナイノアは谷の左の壁に沿って歩き出した。
トン！
左手の木立の中をなにかが動いていた。
彼と同じくらいの背丈で、彼と足並みをそろえ、立ち止まるとそれも立ち止まり、歩くと、それも歩いた。
高みから光が差し込んでいる森の中を見た。
体内でエネルギーが波打ち、頭の中でブーンという音がしだした。
トン！
木が倒れてできたらしい開けた場所があった。
それは左手の木立のへりにいた。
トン！
開けた場所のへりに、異形のものが朧げに立っていた。
目をそらすと消え、視線をもどすとそこにいた。
虎だった。
しかしその顔は人面だった。
それは二本脚で立ち、背の高い黄褐色の斑点のまだら模様におおわれていた。
下肢と足は虎のようで、大きな鈎爪があった。
太い尾がピクピク動いた。
木の幹にもたせかけている太い片腕の先端の手に大きな鉤爪があった。
ナイノアが鉤爪を見ると、ひっこんだ。
頭部と首はほっそりと華奢に見えた。
小さめの顏は人間の目鼻立ちをしていた。
ナイノアは虎男、と考えた。
するとそれは微笑した。
虎男が大股で歩み寄ってきて、ナイノアの目をのぞきこんだ。
ナイノアがその緑色の目を見つめると、眼前の顏は消えた。
木々に囲まれた暗い水面に、オレンジ色の花を浮かべた池が見えた。
笑い声が聞こえ、子どもたちの小さな一団が、水中になにかを投げ込んでいた。
子どもたちの向こうに葉の赤い木々があり、さらにその向こうに青い大海原がある。
目に見えない境界が次第に消えていった。
木立の中に黒ずんだ石垣と家の基礎の残骸がある。
巨大な断崖が見えたが、黒ずんでいる。
感覚が薄れ、イメージが急に消えてなくなった。
上昇感につづいて体が納まり沈み込む感じがあった。
体を包みこむハンモックの感触がもどった。
11:17 2023/02/25
ビーチに戻って：
私は変容状態から突然抜け出し、タマリンドの木の下にいた。
子どもたちはまだ池のほとりにいた。
ナイノアの時間では少なくとも一日半はいたが、こちらでは1、2分しかたっていない。
ナイノアは、つかのま、こちらの世界を訪問し、私の意識を通してこちらの世界を知覚した。
目を閉じ、ナイノアと意識をつなごうとしたが、なにも起こらなかった。
10分ほどたって、うとうとしかけたとき、あの感覚が起こった。
と同時に、木が折れる大きな音がした。
感覚が強まり、背筋を駆け上がり、頭の中にほとばしった。
恍惚感に引き込まれて体がこわばり、両手がふくれあがった。
めまいがして体が浮き上がった、というか、闇の中に落ちて行った。
同時に、いろいろな形のきらめく光が現れ、何本かの線に収斂して、はるか彼方へ伸びた。
眼の中に閃光模様が現れて、波の音は消えて静まり返り、真っ暗闇になった。
とても寒く、体が冷たく感じた。
手を閉じることができ、なにかを握っている感じがした。
木のような手触りだった。
聞きなれない鳥の鳴き声がした。
目を開けると、私はあちら側にいた。
10:42 2023/02/26
大蛇との出会い：
すでに夜が明け、高地から峡谷に冷たい風が吹き下ろしていた。
犬たちはつかず離れずの位置に座っていて、魚を投げると食べた。
午後遅くまで沢登りを続けて、やがて高い断層崖に出た。
よじ登って平坦なところをいくと、木々に囲まれた細長い淵になっていた。
淵に近づこうとしたら、犬たちが木の上を見上げているのに気がついた。
犬たちは迂回して向こうに姿を消した。
犬たちが見上げたところに近づき、ぎょっとした。
すぐ頭の上の淵に半ば突き出た大木に、とてつもない大蛇がいた。
黒い大きな斑点とやや小さな黄色い点々があった。
胴体は彼の胴くらいの太さで、頭は彼の前腕くらいの直径で、小さな金色の目の後ろ側に黒ずんだ長い斜めの縞があった。
ナイノアは犬たちにならって、迂回して進んだ。
大蛇はまったく動かなかった。
谷底は何段かに分かれて急勾配になり、滝がちょろちょろ流れ落ちていた。
慎重に登り、犬たちのあとを追った。
切り立った岸壁が立ちはだかり、登れそうにないので獣道を探し、川床をたどった。
犬たちが追い抜き、向こうへ消えた。
あとについて、急勾配の岸壁を登り、でっぱりのある所に行きついた。
たくさんの乾いた糞があった。
狭い岩棚をよじ登って、ついにてっぺんにたどり着き、平坦な場所へ出た。
犬たちがはるか下で遠ざかっていった。
右手に椰子が立ち並び、左手に小さな丘が見えた。
椰子の木々の方に進むと、細い砂州があったので、沐浴した。
砂に産み付けられた亀の卵を見つけて1ダースほど生で食べ、残りの卵を持って、丘に向かった。
丘の上から西を見ると、高原の向こうに広大な森が見えた。
はるか遠くで内海が光を反射していた。
ハンモックと持ち物を機にぶら下げておいて、丘を降りて食料探しに出た。
倒木の下に太い蛇を見つけて殺し、蛇の肉と亀の卵を夕餉にした。
寝ようとしてハンモックでくつろいでいると、１頭の鹿の牡が10頭の牝を連れて川筋を示す並木に向かっているのが見えた。
ようやく眠りに落ち、夢の中で沢登りをし、蛇に出くわした。
再三目が覚め、夜明け前、ようやく眠った。
豆がぐつぐつ煮える匂いを感じた。
玉ねぎをいためるような音がした。
誰かがなにか言っていた。
びっくりして目を開けると、立派なテーブルの前に座っていた。
テーブルには湯気がたっている黒豆の鉢が前に置いてあった。
なんてものすごく鮮明な夢なんだろうと思った。
ゆっくり見回すと、テーブルには女と子どもが座っていた。
女はほっそりした体つきで、肌が白く、目と髪は黒く、左手の薬指に細い金の指輪を2本はめている。
子どもは女に似て肌が白く、目は黒く、髪は茶色だ。
ナイノアは自分の手を見た。
色が白く、右手の中指に金の指輪が2本はまっている。
室内を見まわすと、壁には棚が並び、皿や鉢、ガラスの器が積み重なっている。
グレートエイジの遺物にもこれほど大量のコレクションはない。
薄い透明な板ガラス越しに外を見た。
ココ椰子、マンゴー、知らない木々の間に、点々と屋根が見えた。
女と子どもが不意に立って、隣の部屋に入っていった。
ナイノアは立ち上がって、下半身を覆っているのがズボンだとわかってびっくりした。
ズボンをはくのは首長階級に属する人に限られている。
女が四角い大きな箱に近寄って触ると、光がみなぎり、動く画面が浮かび出た。
画面の小さな人々をながめると、なにごとか話し合っていたが、あまりに早口なので言ってることがわからない。
女と子どもは黙って画面を見ている。
室内を見まわすと、周囲の壁はきっちり貼り合わせた板でできている。
何段もの棚におびただしい数の本が詰まっている。
一方の壁に掛かっている大きな絵は、ヘイアウを描いたものらしい。
窓の外を見ると、マンゴーの木々とココ椰子があった。
遠くの方に赤黒い実が鈴なりになっているライチの大木が一本そびえている。
ナイノアは戸を押し開けて外へ出た。
画面で見たのと同じような乗り物が2台置いてある。
ほぼ全体が着色した金属でできていて、透明なガラスの窓があり、４つの黒い車輪の上に乗っかっている。
家の周りは小さな農園のようだった。
何種類かのバナナがあり、家の反対側はコーヒーの木に囲まれている。
家のこちら側の壁は何枚かの巨大な板ガラスでできているようで、家の内部が見えた。
ガラスの壁から後ろへさがると、自分の姿が映っていた。
髭のない長身痩躯の色の白い男で、短く刈った髪は茶色、目は焦げ茶。
これは夢なのか。
夢にしてはあまりにも生々しい。
ガラスの姿をよく見ると、自分の驚いている顔ではない。
不意に体のまわりにハンモックの網目を感じた。
依然として自分が断崖の上の樹上にいるのを感じた。
思いがけなく、脳裏に言葉が浮かんだ。
ハンク、、ヘンク
空から雷鳴のような音がしたので見上げると、尾根を越えて空飛ぶ機械が現れた。
形は鳥か魚のようだった。
赤と緑の光を点滅させている。
家のはるか上空に飛んできて方向を変え、西の方に向かった。
ガラスの壁の一部が横に開いて、女の子が出てきた。
女の子は露台にたまった雨水に滑って転んだ。
ナイノアは思わず駆け寄って抱き上げ、家の中に運び入れた。
22:31 2023/02/26
中に入ると、柔らかい青いマットが敷いてある。
さっきの女が現れ、女の子をを抱き上げた。
ナイノアはさとった。
祖先の故郷のハワイで、滅亡前の時代の誰かの体に入り込んだのだ。
厚い雲から雨がぱらぱら降ってきて、肌にしずくを感じた。
自分が断崖の上の樹上のハンモックに寝ているのを思い出した。
そのとたん、体内で感覚がとてつもなく増大し、目の前の景色がぼやけ、静かになった。
再び閃光が現れ、丘の上に戻った。
1羽のキツツキが舞い上がって、そばの大枝に止まった。
蠅が1匹、手の甲に止まった。
14:48 2023/02/27
二人の接触：
雨は本降りになった。
ケアラケクア湾のほとりの黒い板状の溶岩に仰向けになった私の体にも意識が戻った。
ナイノアの意識は、時を越えてこちらの世界で私の体を訪れたのだ。
ナイノアが訪問したのは、1987年2月の時ではなく、アンナが生まれる前のいつかだった。
ナイノアはうちのライチの木に実がなっているのを見たのだから、1986年5月か6月にちがいない。
あちら側での彼との接触の一回目と二回目の間だ。
ナイノアの意識は実際にこちらへきたのだろうか。
それとも彼は私があちらで彼と結合している間に、私の記憶から掘り起こされた生活の一端を見たのだろうか。
雨が上がった。
濡れた丸石が積み重なった隆起部から降りて、足首までの深さの温かい水に足を踏み入れた。
汀より下の砂地に半ば埋もれて水中にある石を眺めた。
砂に半ば埋もれた1個の丸石にどことなく見覚えがあった。
石に、動かす許しを求めた。
これは私の儀式だ。
なにか強い感情が石から放出されるのを感じた。
打ち寄せた波が引くのを待って、石の尖った端をつかみ、石をひっくり返した。
玄武岩質の溶岩の塊だった。
波と砂の自然の作用で、顔に似たものになっていた。
口を彫って、石の最初の守り役カフになれと言われたように感じた。
21:14 2023/02/28
教え：
三週間後、私は早朝に目を覚まし、雨音に聞き入っていたとき、体内にあの感覚が生じた。
体を締め付けるような圧迫感となり、いきなり劇的にエネルギー感に変わった。
恍惚感が高まり、瞼を閉じた暗い視野に何列も赤い点が現れた。
そのあと、体が持ち上がり、速度を増している感じがした。
閃光模様が溶け合って光の線になり、目が動くにつれてゆらめいた。
格子模様が現れ、地平線に広がった。
転移が起こった。
流れる水の音が聞こえ、なにかを料理している匂いがした。
私は目を開けた。
ナイノアは大きな流れのほとりで体を休め、小さな蛙を見ていた。
焚火の真ん中の熱した石の上で大きな魚を料理していた。
私はナイノアの最近の経験の記憶を呼び戻したいと思った。
思考の流れが動き出した。
11:55 2023/03/02
ナイノアはハワイを幻視した翌朝、山脈に向かって出発した。
影の存在や虎男との出会いの時と同様に、意識が研ぎ澄まされた感じと、肉体的なエネルギー感が伴っていた。
今回はいつの間にか他人の体に入り込み、その目で見、その耳で聞き、その舌で味わった。
彼の民族の言い伝えには、こういう数奇な体験をした人たちの話が残っている。
夢の世界を介して自分の祖先と接触することがほんとうに可能だとしたら。
あのアメリカ人はハワイに住んでいたのだから、広い意味では祖先だが、実際にナイノアの祖先の一人ということもありうることだろうか。
山を登り始めて二、三日たった午後、尾根から見下ろして、昔の道路を発見した。
道路跡はその上に木が生えている。
浸食による裂け目に沿って進み、両側を見ると、曇った黄色いガラスをはめ込んだ腐食した金属製の平たい箱が見つかったので、拾って網袋に入れた。
道伝いに東へ歩き続け、また木の上に野営した。
右手の木立に異様な音が流れた。
周囲の森の中にゆらめく霊気を感じた。
突如、森の中のすべての生き物の意識が複合したものを感じた。
深みのある音がまた響いた。
音はすぐ前方のキワタノキから響いてくるようだった。
目の前に異様な緑色の灌木のような姿が浮かび上がった。
近づくと、草むらの間から人間のような顔が現れた。
その姿はゆらめいては形を変えた。
15:12 2023/03/02
全体に葉っぱでできた緑色の顏は、ゆらぐように変わって笑顔に近いものになった。
木立から異様な音が響き、葉っぱの腕らしき円筒で、上の方を差し示した。
ナイノアが見上げると、あの感覚が耐えがたいまで強まり、飛べそうな気がした。
突然、飛んでいた。
灰色の太い樹の間を舞い上がり、上昇を続けた。
あたり一面の緑のモザイクを見まわすと、太陽を見上げる何百万もの緑の目が見えた。
はるか遠くに巨大な木が天空に向かってそびえている。
日の光に包みこまれた樹冠は、輝く雲となって鳥たちに囲まれている。
あらゆるものが彼の一部となり、彼自身が全体の一部になった。
歌が聞こえてきた。
あまたの声からなる力強いコーラスの中に。木々の深く響き渡る歌声が聞こえた。
突然、緑色の光がくっきりした輪郭をもち、やがていくつかの線状の形にまとまり、どんどん細まって膨大な一面の線となり、闇の彼方へ広がっていった。
一本一本の糸は蜘蛛の巣のフィラメントのようで、それに沿って光の結節点が輝いた。
遠近感が変化し、結節点は宇宙の星々になった。
ナイノアはフィラメントの一本に沿って、輝く球体のひとつへと意識を拡大させた。
不意に、気がつくと見馴れない荒涼とした夜景の中に立っていた。
地表は灰色の埃で覆われているように見えた。
空には満天の星。
遠くに星明りできらめく幾何学的な形の山並みが見える。
山は磨き上げられた金属でできているように見えた。
足元の灰の中に、穴だらけで粗い角ばった大きな石の塊があった。
彼はその石をつかみ、ゆっくり持ち上げ、手を離すと、まるで水中のように、ゆっくり沈み、表層の埃に波紋を残した。
波紋は広がり、地面がひび割れ始めた。
周囲の埃が地下へゆっくり流れこみ、ナイノアは底なし穴へ滑り落ちはじめた。
舞い上がれと思うと、上昇した。
気がつくと果てしない闇の中に浮いていた。
遠くにごく小さなほんのり明るいところが見え、それに向かって進み、明るさは増したがあくまで遠かった。
やがて憧れと歓喜の芽生えを感じると、その光は増大し、歓喜も大きくなった。
眼下に無限に続く光の結節点をもった広大な網がまた見えた。
突然、彼は自分と自分の内なる光は、それら輝く球体の一つだと感じた。
きらめくフィラメントが彼から闇の中へとのびた。
ナイノアは眼前に繰り広げられた広大なパターンの一部だった。
あらゆるものと、あらゆるところと、永遠に密接につながり合っている。
再び、木々の深いささやくような歌が聞こえた。
と、網が目の眩む一瞬の閃光とともにかき消えた。
木々の幹は透明で、遠くが透けて見えた。
視力が回復するにつれて、木々の幹は固体化した。
体の周りにハンモックを感じ、目を閉じた。
沸き立つ感じが弱まり、遠のいていき、目を開けると金色の光がだんだん薄れていくのが見えた。
下に見える緑色の柱、森のアクア、に挨拶して片手をあげた。
緑の柱はゆらめき、波打ち、腕をあげ、消え失せた。
緑の竜巻が温かいそよ風で渦巻いて、金色の光の中へ舞い上がった。
16:28 2023/03/02
ナイノアが再び目覚めたとき、山林は霧が立ちこめ、頭上から絶え間なく水が滴り落ちてきた。
突然、なにかが自分の注意を惹きたがっていると感じた。
異様な人間離れした虎男のイメージが浮かんだ。
視野のへりにちらっと動きがあった。
虎とわかった。
牡の虎で、力強く自信に満ちた足取りだった。
やがてそよ風が木々の間を吹き抜け、彼は風下になった。
虎は立ち止まったが、丘の斜面の向こうに消えた。
彼は虎男が木の間隠れに同行してくれていると想像した。
しばらく進んでから礼儀正しく助力の礼を言い、山脈の踏査行に同道してくれるように願った。
半人半獣の異形の虎男が同意するのを感じた。
17:21 2023/03/02
宇宙意識：
私はナイノアが自分の子孫である可能性など、それまで思ってもみなかった。
ナイノアを介して私が見た不思議な植物的存在は、ヨーロッパ各地の古い教会の壁や天井にある葉っぱでできたグリーンマンの顔を連想させる。
すべての人々の心の中に戸口があり、われわれの個人的な信念や文化や精神とは別個に、より大きな霊的存在が存在するかもしれないと考えるようになってきていた。
ナイノアと私の幻視の旅は、非日常的世界の実見と、神秘論者が「宇宙の意識」と呼んできたものとの直接的な出会いをもたらしてくれたのではないか。
ポハク：
その後、ナイノアと接触がないまま半年たった。
私は例の石を池の向こうのタマリンドの木の下に置き、毎日そこを訪れた。
ある日、機が熟したように思われ、石を動かす儀式で石の霊を呼び出し、自宅へ移す許しを求めた。
許しを得た手ごたえがあったので、石を車に積み、石庭にほかの浜の石と並べて置いた。
私は霊の存在を意識していた。
私は瞑想的に石を見つめた。
ある夜、石が夢に現れ、目覚めると心の目にありありと映った。
私は起きて、石のところに行き、石を彫る許しを求めた。
強い肯定的な反応を感じたので、石を切り株のところに運んだ。
石工槌でほんのちょっぴり顎を削り、たがねで口の形にととのえた。
その石ボハクを石庭の彫刻たちのそばに置いた。
それからまもなく、1987年の末、私はカイルア・コナ近くの海岸にあるホテルで催された会に出席した。
ハワイ人がポリネシア系の祖先の知識と功績を称えるために開いた内輪の催しだった。
自然界のありとあらゆるものから生命とマナが生じるという考え方が語られた。
そのあと、引き締まった体格のハンサムなハワイ人の青年が紹介された。
ナイノア・トンプソンという名前だった。
彼は、近代的な計器なしで、大型の帆走カヌーでポリネシアの広大な海洋を渡る偉業を600有余年ぶりに成し遂げた。
西暦300年頃に始まって、数波にわたり、ハワイへ集団移住してきた祖先たちの航海を再現したのだ。
会の最後の講演者モルナ・ナラマク・シメオナはハワイの伝統的な医術ホオポノポの知識と技を披露した。
講演の後、私は彼女にある論点について説明を求めた。
「アロハ」は神、聖なる息吹「ハ」、のそば「アロ」にいるという意味
神に助けを求めなくてはならない
すると、神は自我のレベルを通じて「ハ」を送る
「ハ」は肉体の潜在意識に侵入して
心の深層に抱えこんでいる否定的な考え方や感情、怒り、不安を消し去り
代わりに光明で満たす
こうして病気の原因が処理され、治療が完了する
彼女は私の手を握った。
私は体内になにかを感じた。
あのエネルギー感覚だとわかった。
21:30 2023/03/05
ハワイ神秘主義：
私はナイノアが私自身の心の中にある下位人格ではないかという推測をまだ完全に捨てていなかった。
しかし、ナイノアが5000年先の未来を生きている私の生まれ変わりの一人なのかもしれないと考え始めてもいた。
私はホオマナ研究を始めた。
ホオマナとは、権威ある地位に据えるとか、権限を与えると訳される。
ホオマナは伝統的なハワイの霊能者が発展させ、利用していた。
ホオマナにおいては、宇宙のあらゆるものは、第二のレベルでアカの糸で織られた広大な網、もしくは蜘蛛の巣状のもので他のすべてのものとつながっている。
アカとは、エネルギー的またはエネルギー的物質のこと。
ナイノアは、暗い影の姿をケアカと呼んだ。
過去に起こったあらゆることも、未来に起こるあらゆることも、アカの場を通じて相互に連結し、同時に進行することがありうる。
ホオマナにおいては、第三のレベルは霊界である。
伝統的な部族シャーマンは、意識が変容状態にある間に、精霊たちに会うために旅をする。
ホオマナの考え方では、さらに第四レベルがある。
あらゆるものが他のすべてと同じものとして経験される霊的な次元である。
ナイノアとの最後の出会いから半年近くたっていた。
毎晩、あの感覚が起きるかと思いながら寝たが、いっこうに起こらなかった。
1988年初頭のある日、家の外に出て、例の石が置いてある石庭の方に行った。
私は石の前にしゃがみ両手を乗せて、石を見つけたときのことを思い出した。
なにも反応が感じられなかったが、その夜、接触が起きた。
19:42 2023/03/06
山歩き：
ナイノアは山頂のすぐ下のでこぼこした岩の長い高い尾根に立っていた。
はるか下の絶壁に囲まれた谷間に藍色の湖がきらめいていた。
大きな道路の跡を東へたどってきたが、盛り上げた広い路盤がところどころ残っているだけで、かつての住人たちの痕跡は森と土に覆われて見えなかった。
馬を見たいと熱望したが、鹿や羊しかいなかった。
下の谷で一頭の大型動物が木立の中から現れた。
鹿たちはその通り道をよけていった。
熊だとわかった。
ここまで来るのに一か月近くかかった。
三、四日旅すれば東の連峰にたどり着くだろう。
古地図で見た山脈の果てはそちらにありそうだ。
数百フィートほど上にそそりたつ頂上まで尾根伝いに歩いた。
風で吹きだまった土の層に半ばうずもれたガラス質の破片が日の光に反射した。
黒曜石の矢じりだった。
ナイノアは民族の宗教的な慣習について思いめぐらし始めた。
アウマクア：
かつてないほど簡潔に情報がナイノアの心から湧き出ていた。
アウマクアは、自我の霊的な面を指す。
アウマクアは死ぬことがない。
生物や無生物はアウマクアの外的な面とされる。
誰かが彼の思考をやんわり誘導しているような声の感じがした。
あちらでは時間はみな一緒だという声が聞こえた。
霊界では自分のアウマクアを通じて、過去からでも、未来からでも、知識に近づけることを暗示していた。
夢の中へ：
ナイノアは巨木と、葉でできた不思議な緑の人が現れた幻視を思い起こしながらうつらうつらした。
なにか大きな鳥のものすごい金切り声で目を覚ました。
あたりを見回したが暗くてなにも見えなかった。
またとろとろしかけたとたん、はじまった。
無重力で宙に浮いているような感じがした。
あのエネルギー感覚がどっと体内に流れ込んできた。
鳥の姿を想像しようと努めると、巨大な金色の目をした白い鷹が浮かんだ。
目を開けたが、鳥の姿はなく、星々がきらめいているだけだった。
この山頂から舞い上がれたら素晴らしいだろうなと思ったとたん、
舞い上がっていた。
ナイノアは両腕を伸ばし、手をいっぱいに広げて風に乗った。
眼下に岩棚が見え、誰かが寝ていた。
眠って夢を見ている自分だとわかった。
エネルギー感覚はぐんぐんふくれ上がった。
ナイノアは翼！？をひろげ、急降下し、上昇し、山のはるか上空に昇っていった。
はるか下に、山林が見え、山々の上を滑空し、鷹の金切り声が奥底から突き上げてきた。
ナイノアは巨大な湖の方へ向かった。
風で吹き上げられ、岩肌がごつごつした連峰を飛び越えた。
南の方に別の細長い湖の一部が見えた。
ナイノアは動物の姿を見た。
野牛、大きな角を持った羊、長い牙を持つ猪、ねじ曲がった角を持った山羊、象の群れ、虎の小さな群れ。
鹿に似た見馴れない動物、馬にちがいない！
より高みへ旋回し、木の生えていない湖の東側を振り返ると、水際からかなりひっこんだところに村があった。
耕地も段々畑も灌漑用の水路もない。
さらに高く舞い上がって、山に囲まれた細長い湖と、自分のいた山頂を見た。
突然、戻りたいという欲求が出た。
風がうなりをあげて羽の間を吹き抜け、体が中空の管になったように風が体の中を突き抜けた。
妙な光の点と、波状の線がまとまって輝く一条の紐になり、彼をがらんどうのトンネルに導いた。
眠っているナイノアの体のそばで、虎男が猫のように体をまるくしていた。
ナイノアは着地したのを感じた。
体内を駆けめぐっていたエネルギーがじわじわと引いていった。
虎男の方を見ると、目と斑紋だけが残って淵のようにうずまいていたが、やがて消えた。
寒かった。
ナイノアは立ち上がって足踏みをし、体を抱え込んだ。
マントに身を包み、小さな火を焚いた。
21:56 2023/03/07
感知：
ナイノアと一緒に鷹のように飛んだあとの二、三日、私は思い出せる限りのことを書きとどめた。
玄関を出て車に向かう途中で、妙な緊張感が漂っているのを感じた。
石庭のあの石のむこうの地平線に夕日が浮かび、木も花も草も午後の雨に濡れてきらめき、無数の小さな太陽が反射していた。
キラキラした無数の光は眼内閃光模様を思い出させ、私は自分の中に転換が起きるのを感じた。
知覚がふくれあがって水平方向に広がり、バンヤンの樹皮や葉を感じ、根が溶岩の下の土を押し分けて水を吸うのを感じた。
石のそばに寄り、表面に両手をのせた。
ほかのあらゆる存在とつながりを持とうと祈った。
突然、自分とほかのすべての存在との強いつながりを感じた。
山や海、風、海岸、大地、木々、そしてナイノアと一体になった心地がした。
ある精神形態、まったく異質な意識、人間の心とは違うが一種の意識を感じた。
ざらざらした濡れた丸石が急に温かくなり、その熱が急速に伝わって胸と胃に滲みこんできた。
私はびっくりして手を離した。
11:28 2023/03/18
クラスでの出来事：
夕刻、まったく奇怪なことが起こった。
授業で、神秘的な力というテーマを持ち出したとたん、南の方から雷鳴が聞こえてきた。
次第にやかましくなり、バリバリっとはじけて稲妻が走った。
日は沈んで夕闇が濃くなってきたときだ。
大粒の雨が降ってきて、閃光が教室を照らし、雷鳴が耳をつんざいた。
校舎のすぐ外の駐車場に落雷した。
私は夜空に向いて声を張り上げた。
「私が授業を続けられるように、雷神がこのマナをすっかり山の上に持ち帰ってくれたら大いに感謝するんだが」
驚いたことに嵐が鎮まり、5分としないうちに雷鳴がマウナ・ロアの山頂の方へ退いて行き、雨もやんで静かな夜になった。
20:35 2023/03/18
未来のシナリオ：
ナイノアの民族の一部が文明の崩壊を乗り越えて、また島々に住みつき、その子孫たちはついに5000年後に、はるばるカリフォルニア海岸まで船旅をして、失われたアメリカ大陸を再発見した。
文明の崩壊後、高度の科学技術は残らず失われることになるらしい。
ナイノアが付き合った人々は一様に浅黒い肌で、非常にはっきりした目鼻立ちをしていた。
広い頬骨、唇のふっくらした大きな口、切れ長の目。
純粋にヨーロッパ系、アフリカ系、アジア系といえるような人はいなかった。
鷹の姿をとったナイノアの心霊飛行は、民族誌学上の文献に多く見られる、霊力のある動物との一体化という経験に似ている。
ナイノアが上空を飛んだ大きな山の湖はタホー湖の可能性がある。
シェラネバダ山脈の東側断層崖の空からの眺めは見馴れた感じがしたが、その向こうの大盆地に現在ある高地砂漠は、今のアフリカにあるような草原とサバンナ性の森林地になるらしい。
17:54 2023/04/04
シャーマン的意識とは：
非日常的現実の中にある情報母体に自分はどうすれば近づけるのか。
ナイノアが十文字は非日常的な現実における人間のアウマクアを表すと考えそうなわけが、今やわたしにはわかった。
もうずいぶん時刻も遅く、遠からず夜明けだった。
眠りに落ちかけたとたん、なぜかわたしはナイノアが谷間の湖畔に見かけた一群の小屋を思い出した。
絶妙なエネルギー感覚が境界線を流れ越してほとばしった。
騒々しいシューッという音が耳に充満した。
瞼の中に眼内閃光が現れ、奇妙な弧を通過して遠くへ流れた。
不意にわたしは非常なスピード感を味わった。
わたしはすばやく無音域を越えた。
今や前より容易になっていた。
エネルギー感覚がおさまり、目を開けた。
わたしは山上から乾季の埃の靄をすかして、はるか下の谷間を見下ろしていた。
気配：
昼下がり、ナイノアはある山の頂上に立ち、高揚感と不安を同時に感じていた。
16:09 2023/04/18
to be continued
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